人生諦めが肝心だとおもいながら早50年だ

人間あきらめも肝心だと思う。才能がないとか無駄に努力する必要はあまりない。
例えば、ピアノであれば小さいときから習っていたのだが、いつまでたっても上達しない。好きでもない、部活にはブラスバンドと合唱部と入ったがいやいや入ったが結局ものにならない。というのはわかっていたはずだ。
好きでもなく、上達が見込めないし、そういった努力も嫌なのに長く引っ張ってしまうのが悪い癖だと思う。
そして、自分の我を通そうとするんだけど全部中途半端。すぐわかるなら軌道修正をすべきだし、最初のうちなら被害?は小さくて済むしその分少ない才能をどっかに振り分ける事ができるはずだ。
そういった無駄な人生を生きてきてしまって50年以上たちもうすぐ60年になる。さらに、能力的衰えた才能と努力目標をどこにもっていったらいいのか自分で今わからない。人生50にして惑わずという言葉(これ自体あっているのかわからない)は今の私にはまったく理解できないものになっている。

人生諦めが肝心だとおもいながら早50年だ